過去の出資馬の振り返りその2。
一口馬主の初年度はローヌグレイシアの他にもう1頭、ラックビーアレディトゥナイトの17ことキルケニーという馬にも出資していた。
ただ正直こっちは黒歴史にしてしまいたい気持ちがある。
選んだのは自分じゃなくて家族だから。
一口馬主を始めるにあたってどうやって馬を選ぶか。
これまで重賞の観戦ぐらいしかしてない自分じゃ1歳馬なんて血統ぐらいしかわからないので、馬体の見方に関してはあちこちの一口馬主ブログをさまよって、なるほどなーと参考にしていた。
そして、そのブログのことごとくで言われていたのが「ラックビーアレディトゥナイトの17は脚がヤバい」ということ。
一目で見てわかるぐらいブランブランらしい。
悲しいことに初心者の自分は見てもよくわからなかった。
……けどまあ、あんたほどの実力者がそういうのなら……という感じで出資候補を選ぶうえでは真っ先に×を付けた。
一口10万というのも初心者的にはちょっとお高めだし。
しかしよりによってその落第馬を見初めたのが我が家族だった。
曰く、顔がいいと。
あとケツがいいとかも言ってた気がする。
うちの家族は競走馬をケツで判断する傾向がある。
当然自分も反論はした。
いや、この馬、脚がヤバいらしいよ? ほら、このブログの人も言ってるし……
それに対して当然反論は来る。
そのブログとか書いてんのどこの誰なの? 素人でしょ? アテになるの? そのブログの人が過去に推した馬はちゃんと活躍してるの?
ド正論だった。
それを言っちゃおしまいだろうが。
ともかく自分の見る目のなさと口下手のせいでどっかの誰かが書いたブログしか根拠がないためこれ以上の反論はできなかった。
でも根拠が弱くても最初から脚部不安の馬に出資する必要ないじゃん……
そこで考えを切り替えることにした。
最初に派手に失敗するのもありじゃないかと。
当初の予定だと年間30万円ぐらい出資しようかと考えていた。
それなら初年度に10万円無駄投資しても2年、3年と続けて行けばキルケニーの比率は次第に薄まっていくんではなかろうか。
無駄にはなるけど、その後に家族が変な馬を推してきても「キルケニー」の一言で黙らせられるようになるはず……。
当然この考えは大失敗だった。
この出資検討をしていた年にアーモンドアイが三冠をとり、翌年からシルクは超人気クラブと化した。
(元々そうだったかもしれないけど、以前のことは知らないので…)
翌年以降は30万円どころか2頭以上の投資なんてほぼ不可能。
比率が薄まるどころか、その後しばらくキルケニーは出資比率の3割以上を占める最高額出資馬として君臨することとなった。
競走馬としてのキルケニーにはやはり奇跡は起こらず、未勝利のままで引退した。
ただデビューさえおぼつかないだろうという当初の予想に反して、3歳の6月に一応のデビューを果たすことは叶った。
陣営の尽力もあるだろうし、出資者を納得させるために形だけでも出走させようみたいな大人の事情もあったんだと思う。
キルケニーのデビュー戦は16頭立ての9着に終わった。
決して良い結果ではないけど、この馬の脚の状態を知ってる身としては無事デビューして無事に走り終えただけでも十分な健闘だった。
冒頭で黒歴史にしたいとは言ったものの、出資したよしみでやはり愛着は湧いてしまう。
生まれながらに失格の烙印を押されたなんて可哀想だし、奇跡が起きてほしかった。
中央で2戦したキルケニーはその後セールに出され地方の馬主さんに買われていった。
父キングカメハメハという血統は魅力に見えただろうけど、つかまされたと思う。
地方に移ったキルケニーはその後音沙汰はない。
ラックビーアレディトゥナイトの17を推した我が家族の名前は健太郎。
相性はケン。
ケンの推した馬に付けられた名前がよりによってキルケニーなのは笑ってしまった。
ケンを殺せなんて酷すぎる。
一応家族の擁護もしておくと、家族が推した馬で大外れだったのはキルケニーのみ。
シルクの初出資のときにキャロットも検討していて、そこで家族が推したのはシェルズレイの17ことレイパパレだった。
ただキャロットは仕組み的に初年度からいい馬を狙うのは不可能。
シルクとキャロットの仕組みが逆だったら初年度から大当たりを引けていたかもしれない。